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年末年始コミュニケーション

年末年始の期間は、普段会わないメンバーとゆっくり話す機会でもある。

今回は、そんな中に、インターネットの情報でC国やK国が嫌いになってしまい、その国にまつわるものがみんな嫌になってしまった…という論調の人が複数いて、聞いていて暗い気持ちになった。

例えば外交や一部の商品などについてネガティブな印象が発生したとして、それを国籍で色分けして、その国に関わる人や物や文化を全否定するなんて、あまりに短絡的だ。インターネット上の言葉遊び的に盛り上がることはあっても、本気で同調する人が身近にいるわけがない……と、今まではどこか楽観していた。

しかし、現実は、想像したより短絡的だった。今回会った二桁の人のうち、少なくとも2〜3人については。

私の楽観も、ずいぶん一方的なものだったのだなと気付かされた。

また、そういった、凝り固まった人と向き合うには、心の遣いように特に工夫が必要、と気付く出来事もあった。

久しぶりに顔を合わせた新年の食事会、1つのテーブルでそんな短絡的な話題が盛り上がりかけたとき、1人が反論した。
その反論氏は、仕事の中で仕入れた知識を背景に、短絡氏を批判した。
二人はほぼ同世代だが、反論氏の方が年長。
反論氏が短絡氏の発言を咎め、短絡氏が納得せず、同じテーブルの人が短絡氏を擁護し、反論氏が納得せず…また反論氏が難解な喩え話を出し、短絡氏が誤解し…
議論が平行線のまま時間切れとなり、その場は散会した。

食事会後の短絡氏の反応は、
「正論かもしれないけど偉そうに言われてむかついた、もうあいつとは二度と口をききたくない」と……つまりは全くの単純な拒絶だった。

一時のこととは言え、せっかくの再会が……。

私はその議論がよく聞こえる席にはいたが、直接加わらなかったので、何も言えた立場ではない。

ただ、岡目八目的に学んだことは、“学者の議論”にもっと必要とされるコミュニケーション力みたいなものがありそうだ、ということだった。
つまり、正論や正しい知識の発信の仕方には、それを受け取ってもらうために、細心の気配りが必要であるらしい。それは一種のコミュニケーション力と言っていいと思う。

私も専門外の(前提知識を共有しない)人とのコミュニケーションを軽視しがちな環境に長くいたから、そのコミュニケーション力の全体像は分からないし、実践には遠く及ばない。
今後の努力目標として、今回気づいたことを覚えておこうと思う。
(ご覧になった方で、不備や追加すべき点にお気付きでしたら、ご指摘いただければ幸甚です)

・相手が理解できることから話す。難しい言葉で権威ぶらない。
・理解しているか確認するためにも、ゆっくり穏やかな口調で話す。
・誤った知識は訂正しても、相手の思いを否定しない。自分の知識を伝えても、自分の思いを押し付けない。
・自分の知識の不完全さ、考察の不十分さを自覚する。知らなかった知識を聞いたら受け入れる。
・相手を個人として尊重する。表面的な食い違いでなく、人としての信頼関係を意識する(口調のポイントにも通じる)。
聞き手は、いくつかの話を聞いたら、自分が信じたいところ(信じられる人の話)だけを信じるから、正しいことを正しく伝えるためにも、信頼関係は特に大切。


なかなか、これだけじゃまだまだ…というところだが、そろそろ肝心の伝える内容(専門知識)に戻るべきかもしれない(笑)
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