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今年を振り返ってみる

2013年は、私にとって大変化の年だった。
職を離れ、家族同居の上で研究を続けることを選んだ。

職場で退職の意思を打ち明けたのは、年明け早々のことだったと思う。
まずは、同じ部署で中心になって働いていた先輩Yさんに。
私が辞めた場合、直接に最も負担が増える方だ。
こちらの状況を良く理解してくださっていて、いろいろな思いを抑えて、了解してくださった。
それから、同じ部署の別の先輩に、そして上司筋に、事務に、と、ひとつずつ順番に、手続きを進めた。

「行き先」を探し始めたのは、その少し前、2012年末だった。
転職先ではない。
研究を、家庭と両立しつつ続けることを希望していたが、条件に合う所に採用されることはなかった。
つまり転職先探しが失敗した後の話ということになる。
諦めたのは、専任の地位だった。
それで探し始めた「行き先」の条件は、最低限、研究ができるつながりを保つこと。
できれば、科研費の執行ができること。
さらに願わくは、非常勤などわずかでも仕事があること。
しかし、移転先は遠く、新しい土地で、一人ではなかなか見つけられないし、ひとに相談する事もためらうし、で、なかなか進まずにいた。
具体的に話が進んだのは、年が明けて、ちょっとしたきっかけで、思い切って出身校の先輩に相談してからだった。
その先輩は、親身にアドバイスをくださり、さらに、すぐさま具体的に助けてくださった。
移転先に近い大学の先生に、話をつないでくださったのだ。
結果的に、このとき紹介してくださったI先生の所が、新しい所属先になった。
(ほかにもいくつか打診したが、動き始めが遅かったこともあり、うまくいかなかった。)
(教訓としては、日本の研究期間での研究活動に次年度から参加させてもらうには、10月ぐらいには動き始めた方がいいということ。)
このとき、大学院時代の恩師も陰でご協力くださっていたことを、あとで知った。
さらに、受け入れてくださったI先生が学内で奔走してくださり、科研費も使わせていただけることになった。
その大学の規定では、原則として、無給の研究員は科研費申請資格が与えられないことになっていたが、特例として認める手続きを取ってくださったのだ。
恩師、先輩、受け入れ先の先生、この方々のご温情には、感謝してもしきれない。
また、このとき、結果的にうまくいかなかったけれど、何人もの方に相談に乗っていただいた。
お忙しいところに、急かつ虫のいい相談をしてしまったにもかかわらず、温かく対応してくださった。
人のつながりのありがたさを実感した。すべての関係の方々に本当に感謝している。

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3月末に、退職、引っ越し(これまた周りに助けてもらって何とか完了した)。
夫と2人だけの家族が、やっと一緒に暮らせるようになった。

最初のうちは、新しい生活のための手続きや整理に追われた。
それでも、研究に関しては、新しいつながりもでき、今までのつながりも切れることなく、続けることができている。
年内に3度の研究発表の機会があり、年明けにも予定が入った。
昨年度は1回しか発表できなかったことを思えば、何とも恵まれている。
科研費も使わせてもらっており、研究のために科研費が必要で科研費執行のために研究の進行が必要で……という循環の中に今はいる。

退職というのはずいぶん迷いもしたけど、今のところ後悔はない。
いったん夫の扶養家族になる、という選択肢があったからできた決断で、この状況にも本当に感謝している。

ワークライフバランスの問題を考えたとき、結局は女性の側が仕事を辞めるのか、という議論もあるかもしれない。
しかしうちの場合は、必ずしも妻だから辞めたというわけではなく、職場の状況など総合的な判断だった。
でもまあ、妻らしく夫の元に引っ越したと取られても、それはそれでいいかな、と、思っている。

恩師からのはなむけの言葉:
 研究はどんな立場からでもできます。
 その評価も平等に行われます。

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